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【転載】全国学生座談会

情況9-10月号に掲載させていただいた文章を公開いたします(本記事の他にも充実の学生運動特集が掲載されている情況9-10月号をご購入したい方は情況出版様にお問い合わせください)。

全国学生座談会企画



◆この座談会を読まれる前に――原発より“危ない”大学と21世紀の僕らの運動

 1970年代全共闘運動から、約半世紀という長い歴史を持つ「変革のための総合誌 情況」において大学問題特集を組んで頂けることになりました。
 そもそも、何で“由緒正しき”情況誌に大学問題の特集を組んでもらえることになったのかというと、「ゆとり全共闘」(略して「ゆと全」、ゆとり世代が中心なので…、こういう名称です。。)という首都圏のノンセクト・無党派グループの動きが目に留まり、それが、なぜか、一定評価されたからということになります。というかそう いうことにしておきます(笑)。
まずは「ゆとり全共闘」とは何なのか、なぜ出来たのかという経緯を紐解くと、法大闘争という火種が多分に影響を与えています。
 本企画では、第一部で“たぶん”「ゆとり全共闘」の戸籍上の母親にあたる菅谷圭祐が法政大学に2007年に共に入学し、同じ時に同じ空間で過ごし、現在は文連・全学連委員長(中核派系)となった齋藤郁真君と、首都圏、いや全国でも最大規模の闘争と伝統、そして“弾圧”がある法政大学を中心に過去を振り返り、第二部では全国(といっても今回は、首都圏+北海道大学、東北大学ですが…、参加したくなった読者のみなさん、もしもし、次回機会があったら是非是非参加を!“)の無党派学生と共に現在の貧困すぎる運動を見つめ、第三部にて、これからどうなるんだ、どうすればいいのかと“未来”の話を展開します。
 ここから、大学の問題が、学生運動がどこへ向かっていくのか、その指針や希望を少しでも示すことが出来たならと思います。



第一部 法政大学という“戦場”から! こんなの大学といえるのか! 
――普通の学生が、決起し、戦うようになるまで、セクト・ノンセクトの選択


菅谷 まず自己紹介をすると、僕はゆとり全共闘という集団の中でノンセクトとして活動しています。中核派が拠点校としている法政大学で学生運動に関わってきたので、中核派の知り合いもいます。中核派の中で個人として好きな人はいますが、組織全体で見たときにあまり好きではなく、シンパというわけでもありません。というかセクトというものが窮屈そうで好きになれない。そのため、将来的に中核派、あるいはどこかのセクトに入るということはないと思います。今日参加している学生は齋藤君以外はみんな無党派、ノンセクトの学生です。何でこういう挨拶から始めるかというと、日本の運動業界において、何派だとか、ノンセクトなのか、どこのシンパなのかということが、とんでもなく重要な事のように思われている、とても面倒な業界だからです。この点についてもおいおい触れていければと思います。
僕のゆとり全共闘に至るまでの前史を少しだけ話すと、僕は法政大学で09年~11年の間に学内全面禁酒に反対する飲酒闘争を行いました。これは中にセクトのいないノンセクトだけ、というかノンポリに近い人だけで行った闘争です。活動内容としては、始めは学内でお酒を振舞いながらの署名集めから始まり、全面禁酒施行後はスイカ割りしたり、プールを出したりしながら、とにかく禁酒に反対する学生がゆるく集まろうというような活動をした。僕やその仲間がこういうやり方を選んだ理由は、法政大学では中核派学生を中心に逮捕・処分が乱発していて、大学に抗うために、かなりの覚悟を要するような状態になっているからです。例えば署名集めをしていると、学生が「署名したら逮捕されませんか?」なんて事を普通に言うような状態。こういう異常な大学の状態を変えたいという意識があった。それは今の活動の意識にもつながっていて、とにかく学生運動業界全体の参加するまでの敷居を下げていきたいというのがあります。
一方、齋藤君は08年に当時はノンセクトで文化連盟委員長として決起して、それ以降、弾圧の一番強いところで戦い続けている。僕がプール出したり、スイカを割ったりしている間も、処分や逮捕という弾圧があるところで戦っていた。でも振り返ってみると僕たちが一年生だったころは一緒にキャンパス内で音系やら演劇系やら文章系やらのサークルが集まる会議や合宿に出ているということもあった。そのころと比べるとお互いにすごく、なんという遠いところまで来てしまった気もするけれど。

齋藤 菅谷君もそうだと思うけれど、2007年に法政大学に入ったときに僕は、自分がここまでこれるとは思っていなかった。当然のことだけど、文化連盟委員長になって法大闘争を牽引して、退学処分を受けて、逮捕されて、全学連委員長になるとは思っていなかった。僕の今に至る活動の発端は、いわゆる世間で過激派といわれる「中核派」の人たちが警備員からの入構チェック、学内で職員からの尾行を受けていたこと。僕は法政大学に入学してすぐに、これは大学としておかしいと思った。それを職員に「おかしいじゃないですか」と言ったら、どういうわけか、活動もなにもしていない普通の大学生だった自分にまで監視がつくようになった。そこから大学でそのようなことが行われる背景や理論を学んでいったのだけど、発端は、こういう、純粋な「なんで?」という感情だった。

菅谷 僕は、齋藤君は一年生の時から大学に対して理路整然と抗議していて、すごいなと思っていた。その過程で処分・逮捕にも怯まずに戦って、実際に退学処分を受け、逮捕もされてしまった。そのような経験を経た上で、今の中核派という選択があるんだと思う。僕はと言うと、そういった覚悟を決めた戦いに対しては完全に「ひよって」しまっていた。もし今の状態で、過去に戻ってもやっぱり逮捕や処分が怖いから一緒に戦えないかもしれない。でも、「ゆとり全共闘」という団体にはそういった僕の過去の経験や反省が大きな影響を与えている。大学に対して完全に屈服する(ないしは何も考えないで就活する)か、活動家になって逮捕・処分覚悟で抗議するかどちらかしか存在しないというのは、なんというか、異常な状態だよ。

齋藤 文化連盟は08年の「決起」時点から中核派との共闘だったし、僕も今は社会のいわゆる普通とは別の進み方をしながら生き残ってきた中核派の中で活動している。セクトには、まだ“蓄積”がある。でも、“奪われつくした”ところからのスタートだったら、「ゆとり全共闘」みたいな運動から始めるしかないと思う。今は自治会や学生会館といった場所や組織の過去の蓄積が根こそぎ奪われてしまったからね。

菅谷 他大学の学生との交流で見えてきたけれど、学館とか部室とかいった、インフラとかの“蓄積”の崩壊というのは法政大学だけではないんだよね。全大学に多かれ少なかれ共通する問題。そもそも「抵抗する」文化というか空気を形成していた組織や建物が大学から完全になくなってしまっている。今回の座談会の目的の一つでもあるんだけど、昔の闘っていた全国の読者のみなさんに是非理解してほしいのは、こういう現状なんです。とにかく、昔の人たちとは現状がちがうんです。「過激派」対策の名目で、普通の学生が、普通に、集まれる空間・場所、あと時間もない。大学や社会を批判する極少数の活動家と、圧倒的に無関心な大多数の学生という感じになってしまっている。これにはセクトはセクトでの問題や課題もあるのだろうけれど、ノンポリ・ノンセクト層の中でも、自覚的にもっと厚みを持たせていかなければ結局何の問題でも勝てない。そういうところを何とか変えていけないだろうかと思っています。ガチな活動家だけでなく、1から99までのとにかく、なんでもいいけど、学生運動・学生運動のようなものを作っていかなければこの現状を打開することができない。

齋藤 その話に関連するところでは、今はセクト・組織に加わるというよりは個人が立ち上がり始めているという傾向はあると思う。これはすごい重要なこと。昔は、例えば「日大全共闘で戦うんだ」という組織・集団の中に入るということが決意の表れになっていた。それが今はまず個人で戦うんだと、まずオレが戦うんだと、誰もデモに行かないけどオレはデモに行くんだみたいなのが決起になっている。でも実際に立ちがあってみると、一人では絶対に警官に勝てない。戦いたいから仲間とつながって、仲間とつながると楽しいからもっと広げたくなるみたいな。そういうのが今始まっていて、その過程を大事にすべきだと思う。それがぼくにとって、セクトを選んだ理由です。

菅谷 齋藤君の話は多分、最終的には1~99だけでなく100のところで戦う党のようなものが必要ということなのかな。それは僕もそうだと思う。例えば、今法政大学から文連・全学連がいなくなったら、抗議成分薄めでプールやスイカ割りやるくらいの僕が極左ということになる。それは絶望的としかいいようがない笑。でもその上で節操ないことを言うと、法大の問題は中核派に対する異常な弾圧という問題もあるから、その状況を踏まえた上で個々人が出来ることをやっていくべきだと思う。ただ、それは法大という個別大学の事情を見たときはそうなるけれど、ゆとり全共闘全体としては、何派がいいとかとかそういうのはない。むしろ、この今の運動業界の中でノンセクトとして存在していなければ意義が薄れてしまう。
それと、過去の党派対立や、社会全体で見たときに極々狭い運動業界のしがらみや常識を引きずったり、評価や視線を気にする必要はないと思う。これは僕は良いことだと思うのだけど、年代が下にいけば下にいくほど、党派の争いや左翼のしがらみといったことに無頓着な人が多い。過去の蓄積がなくなっちゃったから先輩からそういうことを継承される場所や機会がないからなくなっちゃったんだね。これはある意味で“蓄積のない”時代のいま、21世紀の学生運動の強みになるんじゃないかと思う。僕より上の世代と人と話をすると、結構面倒なことがいちいち付きまとったりする。そういうことを考えたり、言われたりするだけで、学生運動というものに対してうんざりしてしまう。もちろん過去には内ゲバいろいろなことがあったから、割り切れないものがあるのだろうけれど、それはもう上の世代まで終らせてほしい。今の、これからの人、せめて学生レベルではそういったしがらみがなくしていきたい。というか、やっぱり内ゲバであったりという怖いイメージが先行していると、なかなか普通の学生が参入しにくいし、“爆発的な”発展は難しいんじゃないかと思う。だから理想としては、将来はもっと繁殖して層が厚くなった無党派学生と各党派の学生がこういう場所でずらっと一堂に会せるようになってほしい。
そんなことを思いながら、ここからは日本の無党派学生の現在、1~99パーセントがどうなっているかについて、話していきたい。



二部 各大学・学生の現状

◆大学の悲惨な現状
菅谷 まず、さっきまで何度か話題に上がっていた「ゆとり全共闘」の後輩から、今の現状について。

東洋鍋子 昨年はデモや学内での抗議行動などを行ったのですが、今ではそういった直接行動はなくなって各人の興味関心の強い分野の勉強会を行っているような状態です。何でそうなっているかということを考えると、去年の運動っていうのはリーダーシップの「強い人」に頼った運動だったのかなと思います。何人か発言力や覚悟が強い人が直接行動を引っ張って、それを他の人がバックアップするという感じで……。ただ、多くの人はそういった強い行動ができないから、昨年の「ゆとり全共闘」という大枠の中からそれぞれが研究会のようなものを作っているという状態になっています。

臼井優 デモをやろうとか呼びかけても去年のように集まらなくなった。僕は勉強なんていうものは個人でやればいいと思っている。理由は単純で大学と学生の間に対立軸があって、大学と学生の間にある対立軸を表に出してぶつかっていかなければ何も変わらない。そのためにはキャンパスで抗議集会をやったりとか、学内デモをしたりとか、身体性を持って戦う以外にはないと思っているんですよ。だから○○研究会とかをやって、対立軸をぼかしたままでは何も変わらない。

菅谷 北海道大学では現在どのようなことになっているか教えてもらえますか。

多部勇樹 2011年の7月くらいから学内の一部占拠を始めました。発端は大学の中に誰も使っていない屋根つきの屋上があって、そこが外からは見えないんですよね。ここを占拠してしまおうとスクウォット同好会という組織を立ち上げました。最初はノリで始めて、理論は後からついてきたというような感じです。その一つはスクウォットで使っていた材料や家具は全て大学の廃材だったのですが、これを捨てるのはもったいないという主張です。北海道大学は学生ではなく“地球環境にやさしい”持続可能性(サステナビリティ)という取り組みをしているのだけれど、自分たち学生こそサステナビリティだと(笑)

鈴木健太 そこでなんとか一冬越えることはできたんですけれども(北海道はほんとうに寒いんです!)、春になって教職員にばれてしまいました。これについては実はずっと前からばれていたのだけれど、冬の間は寒いから黙っておいたという北海道的な話もあります(笑)。 それで撤去しろと迫られました。抗議などもしたのですが、最終的には撤退しました。

菅谷 スクウォット同好会は“弾圧”が来て解散してしまったというわけですね。ゆとり全共闘も昨年一定活動した上で、これからどうするのかというところで停滞している。ノンセクトの学生運動というのは、なんと言うか、さきほど鍋子さんがいうところの「強い人」、個人の力頼みか勢いありきみたいなところがあると思う。カリスマ的な人物が潰されちゃうか、弾圧を受けて勢いが落ちると一気にしぼんでしまう。深谷君のいる東北大学はどういう現状なのかな。

深谷 東北大学はとにかく弾圧がひどい。カキ氷を学内で振舞っただけで呼び出しをくらったりということもある。弾圧の手法が洗練されていて、公安みたいなことを職員がやったりもする。ただ東北大では自治寮がまだ残っているから、そういった蓄積という面では首都圏とは少し違った状況にあるのかもしれないね。

菅谷 寮や自治会といった過去の蓄積、もしくは蓄積していける場所や組織がなくなったところではどうしていけばいいだろう。


深谷 僕は運動の「層」の意識が少しずつ変化していくことが重要なんじゃないかと思う。例えば7月にすごく大きな原発デモがあったじゃないですか。そこに「何かわからないけどすごいぞ」ってたくさん人が集まった。これはノリというか勢いで集まっているような人も多かったと思う。それが一旦退潮傾向に入って、「やっぱり運動にうまくいかないのかな」と思う人がいる一方で、「もっともっとオレたちはできるんだ」「どうすればうまくいくだろうか」と思う人に分かれてきている。学生運動でも少しずつ新しい蓄積ができてきているのではないかと思いますね。実際、こういう風に集まっていること自体、すごいんじゃないのと思う。今までではこういう機会というのはほとんどなかった。

齋藤 社会全体での運動の“蓄積”はどんどんと出来てきていると思います。それに運動は何度も敗北を繰り返しながらやる人の数がちょっとずつ増えていって、時々勝ってを繰り返しながら権利を獲得していく。結局そうやって運動はつながるんですよ。

鍋子 それでも最近、自分たちは何もやっていない、私たちのやってきたことを学生運動と呼んでいいのかと悩んでいます。いろんな先輩と話していて、私は学生運動をやってきたなんて絶対言えない。過去と比べると自分たちがミジンコみたいに感じてしまう。

臼井 おっさんなんかは僕たちがノリを全面に出してデモをやったり、学内で職員に尾行されながら鍋とかやったりするのを見て、「俺たちが若いころはこんなふざけたことをやっていなかった」とか「甘い」とか言いますね。

齋藤 それは生きている時代とか条件が全く違うわけで、気にする必要はないですよ。ただ社会でまじめに働いている労働者からしたら単なる「モラトリアム運動」には見えるよね。もっと自分たち学生の戦う意義のようなものを押し出していかないと、飲み会の別の形態としてデモがあるみたいになってしまう。もちろんそういうデモのあり方も重要ですが。

◆何かやるとすぐ「過激派」扱い。でも、「ノリ」と「理念」があれば…
深谷 ただその上で、いわゆる一般学生と活動家の分断があると思うんですよね。例えば僕は仙台で脱原発の運動をやっているのだけど、そういうことをやっていると「中核派」だと思われる。東北大学では政治的な活動する団体はなぜか全て「中核派」だというように言われる。

臼井 それは東京でもある。何かやるとすぐに中核派だとか、革マル派とか、言われてよくわからない強い嫌悪感を示される。

深谷 少しでも活動しようとすると「○○派なんじゃないか」と疑がわれる。しかも東北大学では大学がそれを主導してやっているわけです。僕は日就寮という学生自治寮にいるのですが、日蹴寮というのは定員が100名くらいの小さな寮で、大学は日蹴寮を潰そうとしているんですね。大学は日蹴寮に対する文章で「中核派系全学連の影響力と呼びかけを受けています」と書いています。日蹴寮は自治寮だから別に中核派だろうが解放派だろうが、右翼だろうが左翼だろうが入ってくれればいいんです。寮自治というのはみんなで話し合って運営しないといけないし、その原則さえ守ってくれれば誰でもいい。しかし、そのことを当局主導のネガキャンに使われる。

菅谷 学生運動を行う学生の中では○○派だから駄目とか過去にあったような利害関係・敵対関係はかなり弱くなってきている。「原発ムラ」と一緒で、セクトがいたのは、「利権」だったし、しかし、一方で、それに大学が「完全に商業化」、「資本主義に忠実な人間作り」を推し進める過程で社会的に異議を唱えるような“異質なもの”を排除する傾向はどんどん強くなってきているわけで、向き合わなければならない問題にもなっています。ただ全く運動とかに興味のない一般学生からすると、○○派だろうがノンセクトだろうがそんなことは関係なく活動する、何かに対して反対する学生への嫌悪感は強いんですよね。

多部 北大では何か活動したからといって、○○派だとか言われるようなことはないのですが、政治に関連して言うと2009年の北大祭では政治・宗教的な活動を学祭中は禁止するということが決められました。これは新聞でも取り上げられ話題となったのですが、さすがにこれは大学としてまずいだろうという声もあって次年から規則はなくなりました。しかし反対する学生の声は多くないという印象はありました。学祭なんだから政治活動とか宗教活動はしないほうがむしろ楽しいじゃんみたいな、そういう感じなんですよね。

臼井 大多数の学生の無関心・嫌悪感というのはどこにでもあると思う。ただその中で僕は大学問題において学生が普遍的に立ちあがる問題はあると思っています。例えば学内規制に抗議しただけで入構チェックや警告を受けるとか、そういう状況がいかにおかしいかということを説き続けていけばいいと思うんですよ。

齋藤 そういう“おかしさ”で一致してやっていくことは可能だと僕も思います。最初はそういうところから始まって何でこういうことが行われているんだろうと考える。僕もそうだったけれど、そこで「何で」を形にするところから理念や大学論を学ぼうということになるんだと思う。

臼井 ただ、大学を批判したことによって、学内で尾行を受けたりとか処罰が持ち上がったりという現状を普通の学生が見ても、僕らと同じように怒りを覚えるというところに中々結びついていないんですよね。そういう明らかな問題に対してさえも無関心な姿勢を変えるためにどうすればいいかと考えたときに、やっぱり「理念」だと思うんですよ。大学生がこういう扱いを受けていることはおかしいという長々とした理念があるわけじゃないですか。それがなければこの現状がおかしいという認識を持つ人を増やしていけないと思うんですよ。

齋藤 結局理念とノリのようなもの両方必要なんだよ。まず「おかしいじゃないか!」というところで一致する、やっている人の側がちゃんと相手を説明する言葉・理論も持たなければいけない。どっちかを押し出しすぎてもうまくいかない。セクトもそうですが、だから運動は難しいだと思う。それはこれから僕たちの世代が悩みながら作っていくしかない。

3部 これから僕らは何ができるのか? そして「何をなすべきか?」

◆そもそも「大学」って?
菅谷 大学の問題の難しいところは基本的に「4年」で人が入れ替わるところだと思うんですよ。ビラ貼り禁止とか、サークル部室は4年以上の活動実績のある団体のみとか、全面禁酒とかどこの誰が決めたのかわからないルールに抗うことなく従って、信じられないほど高い学費を払うためにバイト漬けの大学生活を送って、奴隷のようになることを強いられる就職活動を経験して社会に出て行く。結局この大学の状況は「ブラック企業」であったり、毎年「自殺者3万人」という現状につながってると思うんです。この現状を変えるために、大学生だけでなくもっと厚い層を作って戦っていかないといけない。今後としてはどうやって厚みを持たせていくことができるかということを考えていきたいと思っています。

深谷 僕は大学とは未来が全て詰まっているような場所だと思うんですよ。その大学が今は悲惨なことになってしまっている。僕はこの国の大学は基本的には死滅したと思っている。だから、新しく大学を作りたいと思っているんですよ。それは既存の大学から逃避するのではなく、明確に今の大学を批判して、我々の大学のあり方を既存の大学にも普及させ、拠点となるような大学を作るような動きを作っていきたい。

鍋子 私も大学はもう死んでいると思っています。大学は公共的な空間で、本来であれば開かれた場所であるはずなのに、学籍者しか入ってはいけないとか、何かするとすぐ学生証チェックとかする。だから、これをいかに壊していくか。その方法としてまずは自主的に教室を使いまくる。それがその大学の学生だけでなく世の中に開かれていれば開かれているほど良くて、そうしていくしかないんじゃないかと思います。

臼井 それでも僕はやっぱり自主ゼミをいくらやっても何も変わらないと思っている。僕は大学において学生の意識では大きく二点が問題になっていて、一点目は現状がおかしいということに気づいていない、二点目におかしいと気づいたときに立ち上がるという回路が結びついていない。おかしいことに気づいて立ちがあがる、これをどうしていけばいいかというと、やっぱり学内でのデモや集会といった直接行動で変えていくしかない。

鍋子 そういった戦いは「強い」人であったり、私一人でやればいいと思っている。「ゆとり全共闘」としては自主ゼミを大学の中でやって、いきなり処分が想像されるような直接行動ではなく低レベルな警備員からの弾圧に対する闘争とかからやっていかなければならないと思う。

齋藤 いろんな人がいていろんな問題意識があるんだから、どこから始められるかというのは人それぞれで違いますよ。ただ、実際に弾圧がきたときに戦えるかどうかということがポイントだと思いますね。そのときに戦えるかどうか、これが肝になると思います。

深谷 無害なというか、学生の本分だと思うような自主ゼミに弾圧にくることを想定するというのもひどい話ですけどね。大学って「自分で勉強する」ところなのに、それをなぜか“阻止”してくる(笑)

鍋子 もちろん臼井君の言う身体性を行使した抗議行動というのもわかるけれど、私は「ゆとり全共闘」の2011年の闘いを見て、ああいうことをやれる人は少ないなと思っています。だからといってそこで闘いを捨てるのではなくて、集まることで闘うというようなことを考えています。大学の中に「流動性」を自分たちが創り出していろんな人が出入りできるようにしたい。「大学はこうあってほしかった」という想像を実践していくこと、そこでさまざまな人が集まっていくことが一番当局に対する戦いの一歩になりえるんじゃないかと。極論を言うと勉強をしなくてただお茶を飲んだりするだけでもいい。そういうのはただの出会い系じゃんとか、居酒屋と変わらないじゃんと思われるかもしれないけれど、大学に集まるということが今は困難なんだよ。

多部 元々は北大のスクウォットもそういうところを狙ってやりました。まずは啓蒙活動をしないといけないと思うんです。学生の意識を変えていかないと。運動じゃないけど、ちょっとこれって大学おかしいよねというのを見えるようにする。大学の中にそういう集まれる場所がないということを問題とし、それを自分たちで作ってしまおうと思ってやりました。

鈴木 僕も鍋子さんの言っていることはすごくわかります。大学って勉強しようと思っても教室が開いていないじゃないですか。それに関しては普通の学生もおかしいって言うんですよね。でもそこで何かしようと言ってもみんなやらない。そして反対している学生に対しは嫌悪感あるいは無関心という態度の学生が大半。そこを変えていきたいですよね。スクウォット同好会ほどではなくても、そういうところから変えていきたい。

鍋子 ゆとり全共闘でも、本当はスクウォット同好会みたいなこともやりたいけれど、それをやれるだけの人が今はいないし、だからまずは自主ゼミからだと思っています。そういう地道なところからやっていかないと。

深谷 自主ゼミを大学でやるということは、まず基本としてあるべきだと思う。本当だったら教授も含めてみんな学生なわけですよ。そもそも学問って反社会的行為なんですよ。だって今あるものを批判するんですよ。批判しないと学問にならない。それが実際には“学内政治”に明け暮れたり、自主ゼミやろうとしているまじめな学生を弾圧することに時間割いてる教授がいる。また、小銭をもらうために出張を繰り返すような先生ばかりです。もう大学は一個の会社のようなものになっているんですよね。でも会社のほうが、しっかりしていると思いますが(笑)

菅谷 僕は前にこの現状を分かってもらうために、法政大学の教授を一人一人訪ねたことがあります。そうすると「確かに今の法政大学はひどい。だからと言って私には何もできない」みたいなことを「思想」とか教えている教授が言うんです。完全に大学に雇われて、お給料をもらうだけになっている。絶対こんな大人になってはならないと思った。

深谷 でも我々の多くは今は経済的に地に足が着いていないわけじゃないですか。この状態で大学を変えられるのかと言ったら、このままでは変えられない。だから全国で大学をどうにかしたいという人が手を取り合って、大学を監視する市民団体を作ったり、そもそも我々自身が大学といえるような団体を作らないといけない。そして、その中で我々自身が生活できるということを証明しないといけないと思う。我々は「持続可能な」運動(もちろん地球環境もですが(笑))をしているんだと。そういうことを示していかなければいけない。僕は今大量にあふれているポストドクターとかの若手の研究者たちをしっかりとそこで囲いたいし、そこで教育を受けたいという人もいると思う。それは絶対に可能だと思うんですよ。大学に毎年多くの若者が入って、絶望して卒業していく、こんな現状を絶対に看過してはいけない。もう一つの選択肢として、「自分たちの大学」を作りたい。

菅谷 深谷君の言うように、大学は“未来”が全て詰まっている場所だと思う。だから結局、社会を変える、今よりも良くしていくためにも、自分たちが自由に考えて、自由に発想して、自由に文句が言える、そういう「基本的な人権」のための闘い。そういう大学という現場での闘いはとても重要というか、なぜ、物を書いて「反原発」とかいっている思想家とか物書きの人は、足元の大学に目を向けて抗議をしないのか?こういった認識や、大学の問題の認知度を社会の中でもっともっと高めていきたい。そして、今は大学は死んでいて、過去の蓄積も全て失われてしまったという前提もきちんと認めないといけないと思う。そして、そういった前提がだからこそ、僕たちの世代から、新しい一歩を始めていけるんじゃないかと思う。活動は個々人で出来る限界があるから、もちろんさまざま、多様でいい。いろいろな人や活動を尊重しつつ、今ある関係性を、そして新たなネットワークをもっともっと拡大していって、新しい時代を作っていきたい。こういうあたりまえのことを「あたまりまえ」にできる時代、いま、僕は、よくわかない「党派」が出来る前の、ほんとうに普通の学生とか普通の人が、声を上げた60年代初頭の安保闘争の時代にそしてたとえ、わずかな“埋火”でも、戦う学生運動の火は絶やしたくないです。


参加者プロフィール
菅谷圭祐
2007年法政大学文学部哲学科入学。学生運動と関係なしに普通に出席が足りず単位を落とし、現在法政大学六年目。今一番したいことは卒業。文学学んで6年目、好きな小説は「涼宮ハルヒの憂鬱」。大学生活でやり残したことは、学生結婚。

東洋鍋子
東洋大学社会学部二部社会学科3年。ノンポリ不登校ぎみ女子。普段はゆとり全共闘に関わっているが、基本的に何かをやっている訳でもなく、ふらふらしている。好きなものはグラフィティ、zine、映画、散歩。好きな休日の過ごし方はゴロゴロしながら音楽を聴きつつうたた寝すること。目下の目標は4年で卒業することだが(家がとても貧しいため)、その後は未定。

臼井優
首都圏私立大学在籍。セクトによるセクト主義、もしくは「ノンセクト」によるセクト主義には断固反対の黒ヘル活動家(?)。目的のために手段を選ばないタイプの活動家がダイキライ。街頭のうちで様々な社会問題がピックアップされる中、主に大学問題にポイントを絞って活動

齋藤郁真
2007年、法政大学法学部政治学科入学。2006年の3・14法大弾圧を知り、学内での学生への管理強化に反対する行動を開始。サークル本部団体の廃止問題にも取り組んでいく。2008年に法政大学文化連盟委員長。ハンガーストライキなど、行動を展開。この過程で大学の商業化という問題に突き当たる。2010年に法政大学より退学処分。2011年9月より全学連(中核派系)委員長。

深谷慎介
2009年 東北大学大学院進学と共に学生自治寮日就寮に入寮。院試前に日就寮をwebサイトで知る。東北大当局の入寮妨害をはじめとする悪行の数々を知り、日就寮に入ることを決める。現在 原発問題はじめ様々な社会問題に興味を持ち、首を突っ込んだり、突っ込まなかったりしている。目標は民衆の立場に立つ大学の設立。最近は経済現象の研究にも興味を持ちoffice99%なる市民団体で物々交換市場の開設などたくらんでいる。

多部勇樹
北海道大学の学生。2009年に北大の学生により企画された「就活くたばれデモ」に参加するとともに学生運動にかかわり始める。2011年には友人らと北大スクウォット同好会を名乗り、学内の一部を占拠し始める。

鈴木健太
北海道大学の学生。恵廸寮在住。好きな哲学者は「知のアナーキスト」ことファイヤアーベント。最近の悩みはこのままストレートに卒業して就職するか。

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【転載】法政大学とゆとり全共闘と僕について

情況9-10月号に掲載させていただいた文章を公開いたします(本記事の他にも充実の学生運動特集が掲載されている情況9-10月号をご購入したい方は情況出版様にお問い合わせください)。



法政大学とゆとり全共闘と僕について

きれ
ゆとり全共闘 菅谷圭祐



1 法政大学の特異性について
①この文章の理由について
 いきなり裏話から始めると、この「法政大学の特異性について」という項は、締め切りのかなり直前に加える事となった。理由は、この間に集まった法政大学関連の原稿を客観的に見たときに事情がよくわからない、あるいはあらぬ誤解を生むのではないかという意見があげられたことになる。
 ここで説明しなければならない法大の特異性とは、中核派とノンセクトの関係性である。例えば、本誌の中で寄稿を寄せてくれている大学同期の増井君は中核派と共に法政大学に対して抗議行動を行い、逮捕され、裁判闘争を行っている。同じく同期で現全学連委員長(中核派系)の齋藤君は座談会に参加している。「なんで増井君は中核派と一緒に逮捕されちゃってるの?」「なんで齋藤君を座談会に呼んでるの? 齋藤君も来ちゃってるの?」ということになる、なるらしい。要は法政大学の中で、中核派とノンセクト(法大黒ヘル)はどうなっているのかという疑問・質問・批判・中傷が寄せられることを想定し、それに答えることが本項の目的となる。
 このことに関しての僕なりの分析ではあるが、出来るだけ誠実に読む人にとって答えとなるような文章を綴りたい。

②法政大学の背景 
 ノンセクトと中核派の現在にも続く関係性の起源を紐解くために過去、我々が大学に入学した2007年ころに構築されていた法政大学の生態系・文化を見る必要がある。
 僕が入学した当初、ノンセクト(法大黒ヘル)、中核派、そして一般学生は同じキャンパスの中で文化を築き、生活していた。どこかの公認サークルに所属すると、多かれ、少なかれ、その関係性の円の中に所属することになった。それは好む、好まないに関わらず、そういうものであった。
 サークル本部解体のあおりを受けて今ではなくなってしまったが、当時は常任会議というサークルの渉外担当者が集まる会議が週に一度、あるいは二週間に一度定期的に設定されていた。ノンセクト・中核派などのいわゆる活動家がいるサークルだけでなく、演劇、音楽、文章系などのごく一般的な文科系サークルも一堂に会し、サークルに対する大学の規制・弾圧についてどのような対応をしていくべきかなどについて共に話し合っていた。当然、大学の自治だとかそういうものに全く興味がない層も一定数いる。しかし、出席率が低いと、会議室(部室)と学友会費をもらうことができなくなるため、常任会議は半強制的に参加しなければならないものだった。そのため毎回出席する人を変えて、話し合いに参加することなく、ただ座っているだけというサークルもあり、それなりに温度差はあったと思う。しかし、サークル活動をまじめに行い、その権利の保持や拡張というところを考えれば考えるほど、近いところに過激派がいることとなった。「中核派にオルグされるようになって、やっと一人前のサークル員」と先輩は言っていた。

 僕はと言うと、その常任会議に割と熱心に参加していた。他サークルの知り合いが出来るのは楽しかったし(当時別のサークルで渉外担当をしていた子のことが好きだった)、学内政治の話し合い自体も興味深かった。ひどい時期は、講義にはほとんど出ずに、常任会議とサークルの活動日のみ大学に行くというようなこともあった。
 毎回出席していると、そこで人間関係が出来てくる。上述の齋藤君・増井君は常任会議を通して知り合った。中核派の人とも挨拶をする程度の関係が形成された。常任会議は僕が一年生終了時にほぼ消滅してしまったのだけど、この場に四年間、五年間関わってきた先輩たちというのは、当然僕よりも長い時間をかけて人間関係が熟成されている。例えば学祭のときに集まったある(普通の)サークルのOBたちは弾圧によって学内に入れない一人の中核派の学友と飲むためにと、わざわざ大学から外の居酒屋にみんなで移動していた。もちろんこういった良い話ばかりではなく、権利の主張ばかりをするうるさい中核派やノンセクトにうらみつらみはあった人ももちろんいるだろう。しかし、ほぼ毎週顔を合わせて、学内の諸問題について議論していく中で、それなりに濃い人間同士の関係が形成されていたのではないかと思う。
 1年生のころの僕の認識は、ノンセクトは普通の学生とは違う何か危ないことをしていそうな人たち、中核派は独自の思想を持ってそれを曲げない面倒な人たちくらいのものだった。危ないお隣さんと、面倒なご近所さん。みんな仲良く、とまではいかないまでも一般学生と共に同じ円の中で生活していた。ときにはお酒を飲み交わし、ときには一緒に円を作って校歌を歌う、危機の際には共に戦う、そういった人間的な関係があった。もちろん、面倒な人や危ない人はいない方がいい、いなくなってほしいと思う人はかなりの数がいたと思う。しかし、広く社会がそうであるように、気に入らないからといって存在を消し去ることはできなかった。07年までの法政大学は、中にあらゆる存在を取り込める寛容さをまだぎりぎり保っていた。そして、僕にとっての大学は、この07年が一番豊かな場所だった。

③2008年から現在まで
 現在につながる混沌の始まりは08年からである。
 サークル本部団体の解散を機にして、ノンセクト系サークル・中核派系サークルが非公認化された。特に立て看板規制に抗議した学生の大量逮捕が発生した2006年度末以降、法政大学は明確な意思を持って中核派の締め出しに力を入れており、2008年には弾圧専門の職員を学内に配し、中核派系の学生は学内への入構すらできない状態へとなった。それまでの法政大学の生態系が壊されようとしていた。
 このことに対する抗議活動を開始したのが、ノンセクト・中核派混合軍の文化連盟である。そしてこの戦いは現在においても継続しており、また抗議行動のレベルとしては法大内で最も強いものであり続けている。そのため他の規制や弾圧と向き合うときも完全に無視して考えることができない事柄になっている。

 ではなぜ、08年から4年経った今でもノンセクト・中核派の同盟軍の戦いは続いているか、あるいは他の学生運動・学生運動的なものが法政大学を一つの発信地として生まれるのかというと、法政大学が過去の大学の原風景、そのイメージのようなものを強く想起させる場所であるからだと思う。法政大学が過去に有していた豊かさの希求、少なくともノンセクト及びノンセクトに近いところにいる学生にはその意識がある。

 増井君は過去の総括文章の中で以下のように記している。

 『「キャンパス解放」という明確な志向性を持ち、その実現のためには法を破ることも辞さない現在の文化連盟であるが、この過激な行動を支える動機付けの部分には、ぼくを始めとする多くの法大活動家の場合、理念的なバックボーンにも優越して、「法大が好き」「文連が好き」という単純な嗜好性の問題があるような気がしてならない。
 文化連盟構成員の校歌斉唱率が100パーセントであることはその傍証である。
 今後後輩を勧誘する際、ぼくたちは「思想信条の自由」「表現の自由」といった理念的な言辞で動員を図ることになるのだろうが、そういったそれ自体は表面的でしかない言辞を体現するものとしてかつて自明的に存在した人間関係の豊かさこそ、ぼくを含め少なからぬ活動家を学生運動にオルグしたものの正体であることは忘れてはならない。
 そして、昔日の法大が有したそのような豊かさを再創造することにこそ、ぼくたちの行動の意味がある。』(文化連盟ブログ「【三役】企画局・増井真琴【総括】」より引用)


 また、齋藤君も過去にデモへの呼びかけ文の中で以下のように記している。

『ほんの10年ほど前まで、法政には自由があった。政治的な主張をもって集会をする人間がいる横で、昼間から鍋を囲んで上級生と下級生が様々なことを語り合ったりしていた。そこは多様性に富み、社会に出る一歩手前の、「擬似的小社会」ともいえる場所だっただろう。
(中略)
 講義が終わって帰ろうとしたら、なぜかキャンパスで綱引きをやってるやつらがいる。落ち葉とビラを集めて焼き芋をしているやつらがいる。こたつをピロ下に出してみかん食ってるやつらがいる。カラオケセットを持ち込んでカラオケをしているやつらがいる。布団を出して寝ているやつがいる。しかも友人に「五限でるからそれくらいに起こして」とか言ってる。そして友人はもちろん起こさない。
 一見無秩序で、しかし活気ある空間。10月17日我々文化連盟は、現在の小市民しか生まない法政大学を破壊するため、われらに共感する人間達を集め、法政大学に対して強い抗議の意をたたきつける。法大生諸君、当日は存分に暴れよう。教職員になにか言われたら「文化連盟にやれっていわれた」と言えばいい。あとは我々がなんとかしよう。』(文化連盟ブログ 「10・17へ向けて ~委員長より~」から引用)

 法政大学の持っていた豊かさというのは、そこに過激派さえも存在することができ、あらゆる行動の自由が保障された中で人間関係を構築していくことのできるというところにあったのではないかと思う。当然、裏には汚い面も多く存在していただろう。しかし、法政大学が放っていたまばゆいほどの輝きは、多くの人間を「オルグ」していくほどの美しさを持っていた。
 近年に戦われた、戦われている規制や処分撤回に対する行動は、もちろん人権的な面や学生を無視した一方的なルール決定に対する異議申し立てといった大義がある。しかし、その行動を支えているのは、理念的な面だけでなく、感情的なもっと人間的な大学の豊かさを求めるという動機が強いのではないかと思う。少なくとも僕はそうであった。そして恐らく、齋藤君と増井君も同じ方向を向いていたのではないかと思う。

④以上を踏まえて個人的な考え
 ここでもう一度ノンセクトと中核派の関係について説明するならば、現役学生レベルではまず人間的なつながりという土壌があり、また法政大学を持っていきたい方向でも一致する面が強いからということになると思う。
 付き合い方や距離は人それぞれで、常に共に戦うという必要はない(僕にはそれが出来そうにないという個人的な理由もある)。個々人が協力できる範囲で一緒にやればいい、というかそうしなければいつまでたっても形勢は変わらないのではないかと思っている(正確に言うと、思うようになった)。例えば、サークル本部解体が行われようとしていた2007年度末、当時のサークル本部員などは「中核派がいるから法政大学から自由が奪われる」「中核派がいなくなれば自由な法政大学が戻ってくる」「我々は中核派がいなくなり、きれいになった土壌で大学と交渉し、法大の文化を守っていく」という方向性を示していた。しかし、それから時が経ち、学内において中核派がほぼ影響力を持たなくなり、平和的な交渉を続けた結果、法政大学は自由になったのかというと全くそんなことはない。むしろ07年度末よりも学内規制は増えている。
 このような「中核派を完全に分断したノンセクト・一般学生のみだけでは勝てない。重なることのできる部分では重なるべきだ」という考え方に対して、OBなどから「それは中核派の取り込みだ、オルグだ」と言われることもある。これに関しては僕としては、仮に取り込みだろうがオルグだろうが何だろうが、別にいいと思っている。法大という現場で見たときに、重要なのはノンセクトか中核派かということではなく、如何にして現状を改善するかということになる。中核派に入った方が改善の可能性が高いと判断し、自分の人生のバランスと考えて後悔しないようなら入ればいい。ここまでは法大という特定の場所の問題を挙げてきたが、もちろんこのことは法大以外、中核派以外にも当てはまると思っている。例えば、ゆとり全共闘の周辺の誰かが、他の場所での闘争や、革命のためという理由で、解放派や革マル派などに入ることがあっても恐らく止めないだろう。ゆとり全共闘であったり、ノンセクトという自分たちの心地よい島の拡大ではなく、もっと広い視野・特定の目標の達成に重きを置いたほうがいいと僕は思っている。

2 ゆとり全共闘について
①発足の理由
 僕が現在活動を行っている発端には、先に述べたような法政大学での経験、そして大学の豊かさの希求がある。極論を言うと僕にとっては、「自由と進歩」を謳いながら反動的に全国大学の悪の頂点のようなことをやっている法政大学を打倒することが、僕の学生運動の最終目的である。
 そのためにどうすればいいのか、自分なりに戦いを行いながら、現状分析と勝率を上げるための方法を考え続けてきた。その結果、このままの状態では何百年かけても、法政大学当局、あるいは他大学当局に対して勝利する日は訪れないだろうという結論を持つようになった。

 闘争を行う中で構築されてきた人間関係から見ると、自らの身体性を行使して抗議行動を行えるのは首都圏の各大学で少なくて0人、多くても5人。この社会ではどんなに正しい事を言っても、それを正論として世に響かせるためには、数か暴力が必要になる。このような絶滅を危惧される数のままでは、個別大学で闘争を行っても勝率は悲しくなるほどに低い。負けを覚悟で戦って「頑張ったね」と友情を深め合うのも悪くないと思うが、それではいつまでたっても学生運動業界は縮小再生産の一途を辿るだけである。(補足しておくと、各大学で粘り強く頑張っている人を否定しているわけではない。それだけでなく別の方向も必要だということをここでは訴えたい)。
 
 個別大学の学生だけでは何億光年かけても勝てない。
 そのため、各大学の0人から5人の戦える学生のネットワークを拡大していって5人を10人、10人を100人、100人を1000人とどんどん繁殖していくことで勝利するしかない。そう考えて、僕はゆとり全共闘という枠組みを構想した。そして、この試みは一定成功しているのではないかと思っている。ゆとり全共闘は、決まった活動がなく誰かが何かをやりたいと言ったときに興味のある人だけが活動するということ、「○○主義者限定」といった制限ではなく「今の大学は何かおかしい」という感情の共有体であること、この二点の特徴を持つ。ネットワークの拡大を念頭に置いた仕組みにより、近年の大学ではできなかった、時に緩く、時に濃い、雑多で多種多様な人間関係の形成、そこからの集合離散の繰り返しができているのではないかと思う。

②学生運動のアップデート
 また僕は学生運動のイメージのアップデートもしなければならないと思っている。これは私見なので、批判もあるかもしれないが、学生運動に興味があるという学生に会ってみると、性格が暗い人が多い。難しい本を取り出してブツブツと難しい言葉を並べる知識的な土壌があるタイプか、「もう自分のような人間には運動しかない」と人生にある程度の覚悟がついてしまっているかの二タイプが大半である。もちろん暗いことは悪くはないのだが、「何となく学生運動しようかなと思いますぅー」みたいな普通のサークルに入るような軽いノリで来る人はまずいない。誰もがマルクスやらデリダやらフーコーやらを読むわけでも、二十代で人生の悟りを開けるわけではない。学生運動は劇的な人数の増加が難しい土壌になってしまっている。例えると、学生運動業界は甲子園を目指すために朝から晩まで練習に明け暮れるスパルタ野球部と、何もしないで家と高校の往復をする帰宅部しかない高校のようなものになっている。
 
 これはもちろん、僕たちがやっていることが魅力的に見えないという面もあるだろうが、そもそもの学生運動のネガティブなイメージの影響も強いのではないかと思う。ネガティブなイメージで最も強いものは凄惨な内ゲバ、殺し合いの影響だろう。「あそこの大学は○○派の拠点」といった業界情報は、学生運動に関わっていない大多数の人からはどうでもいいことで、むしろそういう業界のルール、それが全面に出れば出るほど、全体のシェア・学生獲得率を下げてしまっているようにしか思えない。
 これについては「過去に内ゲバを行った組織は全て解散、もしくは総括すればいい」という解決方法を挙げる人もいるが、それは現実的な解決方法ではない。また、内ゲバを行った組織の解散や総括に僕は関わる機会はないので、他力本願で主体的でもない。そんないつ来るのかわからない解決の日を待てるほどに、人生は短くない。
 僕たちが、僕たちの場所から考えられる具体的な解決方法は、この今あるイメージの上にいかにして新しいイメージを作っていくかということの模索である。スパルタ野球部と帰宅部の他に、楽しくワイワイと野球をたしなむ同好会や、あるいはサッカー部、果ては文化部など選択の幅を広げていく必要がある。何となくテニスサークルに入っているギャルがラケットではなく、トラメガを持つにはどうすればいいのか、その方向性を悶々としながら模索しなければならない。

 そして、学生運動のアップデートを進める上で最も効果的に動けるのは、皮肉なことに内ゲバを行っていない僕たちのような無党派の学生である。だから僕はアップデートという目的のパイオニアとして、僕たちが「全共闘」という見方によっては十字架となるような言葉を、自覚的に用いることは間違っていないと思っている。
 また活動の上での自由度の高さも僕たちにはある。誤解を恐れずに言うと、僕は仮に明日ゆとり全共闘という枠組みがなくなってしまっても困らない。何をしても、何もしなくてもいいという自由がある。法大の先輩である松本哉さんのようなアクロバティックな方法から、活動業界古来より伝わる伝統的な演説・集会・ビラ配りまで何でも僕たちは行うことができる。ゆとり全共闘として言えば、何度か行ったユーストリーム放送は一定の効果をあげたのではないかと思う。
 学生運動という土壌にどれだけの種を撒き、肥料を与え、花が咲く可能性を増大させられるか、その大部分は僕たち無党派学生に何故だかかかってしまっている。それはゆとり全共闘だけでなく、全国の無党派層の総力による。学生運動している少数の学生と、していない大多数の学生という現状、この間にどれだけのグラデーションを作れるか、0と100の間を作り出すことができるかである。

 ゆとり全共闘については、インテリ班の森田・杉本君が余すところなく語ってくれているので、僕からは簡単に述べると①大学間の横の関係のネットワークの構築②1~99の間の行動の創出、この二点にゆとり全共闘の存在意義があると思っている。

3 僕について
 僕はこの戦いに勝てると思っている
 ここまで長々と偉そうなことを書いてきたが、正直なところこの文章に対して申し訳なさがある。僕は大学生活において何かを成し遂げたわけでもないし、むしろ多くの人に迷惑をかけながら、ここまで来た。

 処分・逮捕の法政大学の闘争にひよっている間に齋藤君・増井君という友人やお世話になった先輩たちは、処分され大学に入ることもできなくなり、逮捕までされた。
 その後、数年かけて行った学内規制への抗議が「学生の意見でルールは変えない」という強固とした法政大学の姿勢に負け、僕たちが享受していた自由な法政大学がまた損なわれ、後輩に窮屈な思いをさせている。
 その上で辿りついたたゆとり全共闘としての活動も、これでいいのだろうかと不安になることがある。

 学生運動に大学生活をささげること、それは青春をドブに捨てるようなものと言っても言い過ぎではないと思う。学生運動の中で普通の大学生活では経験できないような、苦しみや、悲しみもたくさん味わった。何でこんなことしているんだろうと、泣きたい気持ちになることは今でもある。

 しかし、ときに、美しい瞬間が訪れることがある。
 苦難を共にし、利害なき人間関係を作ることができた仲間たち、運動の敗北の歴史・自分の夢を僕たちに託し歴史をつないでくれる先輩たち、過去に共に戦い今は離れてしまった友人たち、その全ての人たちのことを僕は大好きだ。

 お金で雇われ、「何となく」「仕方がなく」学生を弾圧する大学の教職員と比べたときに、僕たちの方が圧倒的に人間的だ。なぜこのようなことが行われているのか、どうすれば解決できるのかを、自分の頭で考え、長い歴史の中に身を置き、主体的に自分の行動を選択していくことができる。僕たちは自分の行動の一つ一つの中で痛いほどの喜怒哀楽を発見することができ、そしてそれを噛み締めることができる。これは苦しいことであるが、素晴らしいことでもある。

 僕は法政大学から戦いを始め、今までの経験から僕の母校に限らず、どの大学も程度の差こそあれ、同じ方向に進んでいるということを身をもって知った。大学は人間性を剥奪し、監視/管理化を推し進め、人を機械や奴隷のように訓練する場へと成り下がってしまっている。そして、これは大学だけでなく社会的な傾向だとも言えると思う。機械と変わらない動きをする店員、行動を常に見張る警備員、警察、監視カメラ…。街に出ると大学と同じ(大学以上の)監視/管理化の多くを見つけることができる。

 なぜ、このようなことになっているのかと言うと、それは積み重なった敗北の歴史からである。そして、敗北はこれからも延々と続いていくようにも感じられる。

 しかし、僕はこの戦いに勝てると思っている。絶対に勝てると確信している。

 僕は時折、ゆとり全共闘という団体が最強なんじゃないかと思う瞬間がある。
 ゆとり全共闘と言われる円の周辺には、右翼学生、宗教家、インテリ左翼、クリエイター、ニート、アナキスト、フェミニスト、ノンポリ、あらゆる人や思想の持ち主が交錯している。どんどんと誰がゆとり全共闘なのか、普段何をしているのか良くわからないことになってきている。これは過去に僕が法政大学の中で見た、豊かさに似ていると僕は思う。
 この豊かな人間関係の土壌から、今後多くの芽が生まれていくだろうし、あるいはゆとり全共闘と呼ばれる円の外でも同様の動きが生まれていくことも期待できる。実際にそのような萌芽はすでに見ることができる。別にゆとり全共闘一つに限定することはない。もっともっと同じような動きが広まっていけばいいと思う。

 僕たちは10人ではまだおとなしいかもしれない、100人でもまだ静かにしているだろう。しかし、これが1000人、2000人と拡大していったときに、どうなるかわからない。きっと今よりも楽しいことがもっと起こり始める。僕はこれからの未来に大きな希望を抱いている。
プロフィール

全国学費奨学金問題対策委員会

Author:全国学費奨学金問題対策委員会
7月14日(日)にデモを行うに当たり、ゆとり全共闘のブログを一時的にジャック!!
高い学費、借金でしかない奨学金に抗議をし、するために7月14日(日)にデモを行います。
学費無償化、給付制奨学金の実現に一声あげましょう。

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