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3・20「大学取り戻せデモ」基調

3・20「大学取り戻せデモ」に向けて

 

現在、私たちは大学の中で、問題に直面している。
 「何かがおかしい!」という圧倒的な現実を目の前にしている直感がある。しかし、何がおかしいのかは自明ではない。何か空気やにおいのようなものを感じ取っているのだが、それを言語化できないまま波にさらわれている。問題は複数の要因が複雑に絡み合って形成されており、その本質が見えにくくなっている。現在の大学で何が問題で、この問題はどのような影響をもたらすのか、そして状況を改善するためにはどのような方法をとればいいのか…。大学を覆っている問題、その本質をたぐりよせるために三つの要因から考えてみたい。





 第一に、学内規制について考えてみよう。
現在都内の大学で進行している学内規制は主として学生たちが集合して活動する「場所」を制限するものである。あるいはそれを潜在的に妨げるものである。

具体的には、

1 学内と特定のスペースの使用を禁止・許可制にすること(学内広場の使用制限、学内物販の禁止、サークルの半強制的公認化など)
2 学生の活動スペースを一部の区画・時間帯に押しやること(学生会館、ラウンジ、サークル活動スペースなど)
3 特定の活動の禁止・制限すること、及び学生が集まるための手段を閉鎖、公認化すること(ビラまきや学内掲示板・立て看板の利用など)

などがあげられる。学生は与えられた枠組みの中で自由を行使するしかないが、その枠組みは徐々に、そして確実に縮小されており、学生が自由を主体的に行使する潜在力は学生自身が気づかぬうちに消失しつつある。



 第二に、就職活動(以下、就活)との関連で探ってみよう。
 学内規制が学生の「場所」を制限するものであるとしたら、就活は学生の「時間」を規定し、制限している。型にはまったいわゆる就活は今や3年生の後半から開始される。そして、こうした就活の早期化は学生生活の在り方に大きな影響を与えている。例えば、ゼミなどの学業に対する参加制約や課外活動の早い時期における縮小などがあげられる。
 また、就活は年々時期的に前にも後にも肥大化しており、学生生活をのみ込む勢いである。1・2年生のうちから「就活セミナー」なるものに参加することが大学によって急き立てられ、学生たちも「就活に有利なサークル・授業」といった就活優先的な判断基準を持つに至っている。さらに、こうした背景には就活の複雑化があると考えられる。現在の就活では旧来の「学歴」などのステータスに加えて、極めて複雑であいまいなスキル=「人間力」などが求められており、学生はもはや「プチ・サラリーマン」のように振る舞う必要に迫られている。こうした状況の中で学生たちは就活基準の思考方法と時間の過ごし方を日常化させられている。
 

 第三に、学費という面から見てみたい。
 日本の大学の学費は世界水準で見ても極めて高額な水準に入るにもかかわらず、現在なお年々高騰し続ける傾向にある。そのため大学生は概して学費を自ら払える状況にはなく、保護者に払ってもらうか、奨学金によってローンを組むことによってまかなっている。学生は前者の場合、保護者からの(就職などの)要請に対応しなければならないという意識が生まれ、後者の場合には、卒業後に必ず就職して返済しなければならないという圧迫的な意識が生じやすい。こうした意識はいま・ここにおける大学そのものの「時間・場所」よりも、大学以後の事柄に現在を規定する形となる。その結果として大学の「時間・場所」を手段としてしか見なさなくなる。とりわけ現在の状況は就活との関連や「就職氷河期」と呼ばれる経済状況の影響もあり、その傾向がいっそう強まっているように思われる。また、学費が奨学金などでまかないきれない場合には、学生自身が労働に従事するほかなく、学生生活における「時間・場所」は実際的に制約を受けることになる。





 このように、「学内規制」「就活」「学費」という三つの問題は大学における学生の時間と場所を制限・規定している。
 その結果として現在の大学は学生が群れること、考えること、議論すること、発信することなどを直接的・潜在的に妨げ、それらの動きが生まれないような土壌を作り出している。大学が、人間から想像力を奪う場へと成り下がってしまっているのである。このような状態を俯瞰して「大学の貧困化が進行している」と規定したところで、全く大げさではないだろう。


 そして「大学の貧困化」の進行が、「社会の貧困化」へとつながっていくことは明白であろう。大学とは本来、過去・未来が凝縮された知の集積地であり、創造地、発信地として社会とは距離を取りつつも、社会とともに存在している空間であるはずだ。しかし、現在の大学では「許可制」の囲いの中へと絡めとられ、過去の反省も未来のための行動も、実質的に押しつぶされる傾向にある。
 3.11により原発事故が表面化して以来、街頭では社会に対するさまざまな問題提起が行われるようになった。例えば、大規模な反原発デモのように、社会全体において、目の前に横たわる様々な「社会問題」「社会構造」の賛否を問う動きが加速している。しかし、大学は静かなままである。街頭で行われている多くの直接行動と対比して、大学では、あらゆる問題の是非が問われるような大きな動きが全く発生してない。大学の「今」は、過去からも未来からも断絶された状態になってしまっている。


 私たちの求めることはこうした現在進行している大学の貧困状況を打破し、大学に想像力を取り戻すことである。大学という場所と時間をすべて管理し、私的にコントロールしようとする現在の「反−大学」「反−社会」的な潮流を私たち学生は問い直さなければならない。
 その中で「学内規制」「就活」「学費」という三つの問題を喫緊の重要課題として掲げたい。これら三つの問題を広く社会に浮上させ、その実質を明らかにし、問題に学生自らが対抗していくために、「大学を取り戻せデモ」を行いたいと思う。そして私たちはそこから新たな「大学」の場を創造するつもりだ。大学と社会の未来をかけて、学生・社会人、多くの皆様へ結集を呼びかけたい。
 3月20日、「大学取り戻せデモ」へ!
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プロフィール

全国学費奨学金問題対策委員会

Author:全国学費奨学金問題対策委員会
7月14日(日)にデモを行うに当たり、ゆとり全共闘のブログを一時的にジャック!!
高い学費、借金でしかない奨学金に抗議をし、するために7月14日(日)にデモを行います。
学費無償化、給付制奨学金の実現に一声あげましょう。

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