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【転載】法政大学とゆとり全共闘と僕について

情況9-10月号に掲載させていただいた文章を公開いたします(本記事の他にも充実の学生運動特集が掲載されている情況9-10月号をご購入したい方は情況出版様にお問い合わせください)。



法政大学とゆとり全共闘と僕について

きれ
ゆとり全共闘 菅谷圭祐



1 法政大学の特異性について
①この文章の理由について
 いきなり裏話から始めると、この「法政大学の特異性について」という項は、締め切りのかなり直前に加える事となった。理由は、この間に集まった法政大学関連の原稿を客観的に見たときに事情がよくわからない、あるいはあらぬ誤解を生むのではないかという意見があげられたことになる。
 ここで説明しなければならない法大の特異性とは、中核派とノンセクトの関係性である。例えば、本誌の中で寄稿を寄せてくれている大学同期の増井君は中核派と共に法政大学に対して抗議行動を行い、逮捕され、裁判闘争を行っている。同じく同期で現全学連委員長(中核派系)の齋藤君は座談会に参加している。「なんで増井君は中核派と一緒に逮捕されちゃってるの?」「なんで齋藤君を座談会に呼んでるの? 齋藤君も来ちゃってるの?」ということになる、なるらしい。要は法政大学の中で、中核派とノンセクト(法大黒ヘル)はどうなっているのかという疑問・質問・批判・中傷が寄せられることを想定し、それに答えることが本項の目的となる。
 このことに関しての僕なりの分析ではあるが、出来るだけ誠実に読む人にとって答えとなるような文章を綴りたい。

②法政大学の背景 
 ノンセクトと中核派の現在にも続く関係性の起源を紐解くために過去、我々が大学に入学した2007年ころに構築されていた法政大学の生態系・文化を見る必要がある。
 僕が入学した当初、ノンセクト(法大黒ヘル)、中核派、そして一般学生は同じキャンパスの中で文化を築き、生活していた。どこかの公認サークルに所属すると、多かれ、少なかれ、その関係性の円の中に所属することになった。それは好む、好まないに関わらず、そういうものであった。
 サークル本部解体のあおりを受けて今ではなくなってしまったが、当時は常任会議というサークルの渉外担当者が集まる会議が週に一度、あるいは二週間に一度定期的に設定されていた。ノンセクト・中核派などのいわゆる活動家がいるサークルだけでなく、演劇、音楽、文章系などのごく一般的な文科系サークルも一堂に会し、サークルに対する大学の規制・弾圧についてどのような対応をしていくべきかなどについて共に話し合っていた。当然、大学の自治だとかそういうものに全く興味がない層も一定数いる。しかし、出席率が低いと、会議室(部室)と学友会費をもらうことができなくなるため、常任会議は半強制的に参加しなければならないものだった。そのため毎回出席する人を変えて、話し合いに参加することなく、ただ座っているだけというサークルもあり、それなりに温度差はあったと思う。しかし、サークル活動をまじめに行い、その権利の保持や拡張というところを考えれば考えるほど、近いところに過激派がいることとなった。「中核派にオルグされるようになって、やっと一人前のサークル員」と先輩は言っていた。

 僕はと言うと、その常任会議に割と熱心に参加していた。他サークルの知り合いが出来るのは楽しかったし(当時別のサークルで渉外担当をしていた子のことが好きだった)、学内政治の話し合い自体も興味深かった。ひどい時期は、講義にはほとんど出ずに、常任会議とサークルの活動日のみ大学に行くというようなこともあった。
 毎回出席していると、そこで人間関係が出来てくる。上述の齋藤君・増井君は常任会議を通して知り合った。中核派の人とも挨拶をする程度の関係が形成された。常任会議は僕が一年生終了時にほぼ消滅してしまったのだけど、この場に四年間、五年間関わってきた先輩たちというのは、当然僕よりも長い時間をかけて人間関係が熟成されている。例えば学祭のときに集まったある(普通の)サークルのOBたちは弾圧によって学内に入れない一人の中核派の学友と飲むためにと、わざわざ大学から外の居酒屋にみんなで移動していた。もちろんこういった良い話ばかりではなく、権利の主張ばかりをするうるさい中核派やノンセクトにうらみつらみはあった人ももちろんいるだろう。しかし、ほぼ毎週顔を合わせて、学内の諸問題について議論していく中で、それなりに濃い人間同士の関係が形成されていたのではないかと思う。
 1年生のころの僕の認識は、ノンセクトは普通の学生とは違う何か危ないことをしていそうな人たち、中核派は独自の思想を持ってそれを曲げない面倒な人たちくらいのものだった。危ないお隣さんと、面倒なご近所さん。みんな仲良く、とまではいかないまでも一般学生と共に同じ円の中で生活していた。ときにはお酒を飲み交わし、ときには一緒に円を作って校歌を歌う、危機の際には共に戦う、そういった人間的な関係があった。もちろん、面倒な人や危ない人はいない方がいい、いなくなってほしいと思う人はかなりの数がいたと思う。しかし、広く社会がそうであるように、気に入らないからといって存在を消し去ることはできなかった。07年までの法政大学は、中にあらゆる存在を取り込める寛容さをまだぎりぎり保っていた。そして、僕にとっての大学は、この07年が一番豊かな場所だった。

③2008年から現在まで
 現在につながる混沌の始まりは08年からである。
 サークル本部団体の解散を機にして、ノンセクト系サークル・中核派系サークルが非公認化された。特に立て看板規制に抗議した学生の大量逮捕が発生した2006年度末以降、法政大学は明確な意思を持って中核派の締め出しに力を入れており、2008年には弾圧専門の職員を学内に配し、中核派系の学生は学内への入構すらできない状態へとなった。それまでの法政大学の生態系が壊されようとしていた。
 このことに対する抗議活動を開始したのが、ノンセクト・中核派混合軍の文化連盟である。そしてこの戦いは現在においても継続しており、また抗議行動のレベルとしては法大内で最も強いものであり続けている。そのため他の規制や弾圧と向き合うときも完全に無視して考えることができない事柄になっている。

 ではなぜ、08年から4年経った今でもノンセクト・中核派の同盟軍の戦いは続いているか、あるいは他の学生運動・学生運動的なものが法政大学を一つの発信地として生まれるのかというと、法政大学が過去の大学の原風景、そのイメージのようなものを強く想起させる場所であるからだと思う。法政大学が過去に有していた豊かさの希求、少なくともノンセクト及びノンセクトに近いところにいる学生にはその意識がある。

 増井君は過去の総括文章の中で以下のように記している。

 『「キャンパス解放」という明確な志向性を持ち、その実現のためには法を破ることも辞さない現在の文化連盟であるが、この過激な行動を支える動機付けの部分には、ぼくを始めとする多くの法大活動家の場合、理念的なバックボーンにも優越して、「法大が好き」「文連が好き」という単純な嗜好性の問題があるような気がしてならない。
 文化連盟構成員の校歌斉唱率が100パーセントであることはその傍証である。
 今後後輩を勧誘する際、ぼくたちは「思想信条の自由」「表現の自由」といった理念的な言辞で動員を図ることになるのだろうが、そういったそれ自体は表面的でしかない言辞を体現するものとしてかつて自明的に存在した人間関係の豊かさこそ、ぼくを含め少なからぬ活動家を学生運動にオルグしたものの正体であることは忘れてはならない。
 そして、昔日の法大が有したそのような豊かさを再創造することにこそ、ぼくたちの行動の意味がある。』(文化連盟ブログ「【三役】企画局・増井真琴【総括】」より引用)


 また、齋藤君も過去にデモへの呼びかけ文の中で以下のように記している。

『ほんの10年ほど前まで、法政には自由があった。政治的な主張をもって集会をする人間がいる横で、昼間から鍋を囲んで上級生と下級生が様々なことを語り合ったりしていた。そこは多様性に富み、社会に出る一歩手前の、「擬似的小社会」ともいえる場所だっただろう。
(中略)
 講義が終わって帰ろうとしたら、なぜかキャンパスで綱引きをやってるやつらがいる。落ち葉とビラを集めて焼き芋をしているやつらがいる。こたつをピロ下に出してみかん食ってるやつらがいる。カラオケセットを持ち込んでカラオケをしているやつらがいる。布団を出して寝ているやつがいる。しかも友人に「五限でるからそれくらいに起こして」とか言ってる。そして友人はもちろん起こさない。
 一見無秩序で、しかし活気ある空間。10月17日我々文化連盟は、現在の小市民しか生まない法政大学を破壊するため、われらに共感する人間達を集め、法政大学に対して強い抗議の意をたたきつける。法大生諸君、当日は存分に暴れよう。教職員になにか言われたら「文化連盟にやれっていわれた」と言えばいい。あとは我々がなんとかしよう。』(文化連盟ブログ 「10・17へ向けて ~委員長より~」から引用)

 法政大学の持っていた豊かさというのは、そこに過激派さえも存在することができ、あらゆる行動の自由が保障された中で人間関係を構築していくことのできるというところにあったのではないかと思う。当然、裏には汚い面も多く存在していただろう。しかし、法政大学が放っていたまばゆいほどの輝きは、多くの人間を「オルグ」していくほどの美しさを持っていた。
 近年に戦われた、戦われている規制や処分撤回に対する行動は、もちろん人権的な面や学生を無視した一方的なルール決定に対する異議申し立てといった大義がある。しかし、その行動を支えているのは、理念的な面だけでなく、感情的なもっと人間的な大学の豊かさを求めるという動機が強いのではないかと思う。少なくとも僕はそうであった。そして恐らく、齋藤君と増井君も同じ方向を向いていたのではないかと思う。

④以上を踏まえて個人的な考え
 ここでもう一度ノンセクトと中核派の関係について説明するならば、現役学生レベルではまず人間的なつながりという土壌があり、また法政大学を持っていきたい方向でも一致する面が強いからということになると思う。
 付き合い方や距離は人それぞれで、常に共に戦うという必要はない(僕にはそれが出来そうにないという個人的な理由もある)。個々人が協力できる範囲で一緒にやればいい、というかそうしなければいつまでたっても形勢は変わらないのではないかと思っている(正確に言うと、思うようになった)。例えば、サークル本部解体が行われようとしていた2007年度末、当時のサークル本部員などは「中核派がいるから法政大学から自由が奪われる」「中核派がいなくなれば自由な法政大学が戻ってくる」「我々は中核派がいなくなり、きれいになった土壌で大学と交渉し、法大の文化を守っていく」という方向性を示していた。しかし、それから時が経ち、学内において中核派がほぼ影響力を持たなくなり、平和的な交渉を続けた結果、法政大学は自由になったのかというと全くそんなことはない。むしろ07年度末よりも学内規制は増えている。
 このような「中核派を完全に分断したノンセクト・一般学生のみだけでは勝てない。重なることのできる部分では重なるべきだ」という考え方に対して、OBなどから「それは中核派の取り込みだ、オルグだ」と言われることもある。これに関しては僕としては、仮に取り込みだろうがオルグだろうが何だろうが、別にいいと思っている。法大という現場で見たときに、重要なのはノンセクトか中核派かということではなく、如何にして現状を改善するかということになる。中核派に入った方が改善の可能性が高いと判断し、自分の人生のバランスと考えて後悔しないようなら入ればいい。ここまでは法大という特定の場所の問題を挙げてきたが、もちろんこのことは法大以外、中核派以外にも当てはまると思っている。例えば、ゆとり全共闘の周辺の誰かが、他の場所での闘争や、革命のためという理由で、解放派や革マル派などに入ることがあっても恐らく止めないだろう。ゆとり全共闘であったり、ノンセクトという自分たちの心地よい島の拡大ではなく、もっと広い視野・特定の目標の達成に重きを置いたほうがいいと僕は思っている。

2 ゆとり全共闘について
①発足の理由
 僕が現在活動を行っている発端には、先に述べたような法政大学での経験、そして大学の豊かさの希求がある。極論を言うと僕にとっては、「自由と進歩」を謳いながら反動的に全国大学の悪の頂点のようなことをやっている法政大学を打倒することが、僕の学生運動の最終目的である。
 そのためにどうすればいいのか、自分なりに戦いを行いながら、現状分析と勝率を上げるための方法を考え続けてきた。その結果、このままの状態では何百年かけても、法政大学当局、あるいは他大学当局に対して勝利する日は訪れないだろうという結論を持つようになった。

 闘争を行う中で構築されてきた人間関係から見ると、自らの身体性を行使して抗議行動を行えるのは首都圏の各大学で少なくて0人、多くても5人。この社会ではどんなに正しい事を言っても、それを正論として世に響かせるためには、数か暴力が必要になる。このような絶滅を危惧される数のままでは、個別大学で闘争を行っても勝率は悲しくなるほどに低い。負けを覚悟で戦って「頑張ったね」と友情を深め合うのも悪くないと思うが、それではいつまでたっても学生運動業界は縮小再生産の一途を辿るだけである。(補足しておくと、各大学で粘り強く頑張っている人を否定しているわけではない。それだけでなく別の方向も必要だということをここでは訴えたい)。
 
 個別大学の学生だけでは何億光年かけても勝てない。
 そのため、各大学の0人から5人の戦える学生のネットワークを拡大していって5人を10人、10人を100人、100人を1000人とどんどん繁殖していくことで勝利するしかない。そう考えて、僕はゆとり全共闘という枠組みを構想した。そして、この試みは一定成功しているのではないかと思っている。ゆとり全共闘は、決まった活動がなく誰かが何かをやりたいと言ったときに興味のある人だけが活動するということ、「○○主義者限定」といった制限ではなく「今の大学は何かおかしい」という感情の共有体であること、この二点の特徴を持つ。ネットワークの拡大を念頭に置いた仕組みにより、近年の大学ではできなかった、時に緩く、時に濃い、雑多で多種多様な人間関係の形成、そこからの集合離散の繰り返しができているのではないかと思う。

②学生運動のアップデート
 また僕は学生運動のイメージのアップデートもしなければならないと思っている。これは私見なので、批判もあるかもしれないが、学生運動に興味があるという学生に会ってみると、性格が暗い人が多い。難しい本を取り出してブツブツと難しい言葉を並べる知識的な土壌があるタイプか、「もう自分のような人間には運動しかない」と人生にある程度の覚悟がついてしまっているかの二タイプが大半である。もちろん暗いことは悪くはないのだが、「何となく学生運動しようかなと思いますぅー」みたいな普通のサークルに入るような軽いノリで来る人はまずいない。誰もがマルクスやらデリダやらフーコーやらを読むわけでも、二十代で人生の悟りを開けるわけではない。学生運動は劇的な人数の増加が難しい土壌になってしまっている。例えると、学生運動業界は甲子園を目指すために朝から晩まで練習に明け暮れるスパルタ野球部と、何もしないで家と高校の往復をする帰宅部しかない高校のようなものになっている。
 
 これはもちろん、僕たちがやっていることが魅力的に見えないという面もあるだろうが、そもそもの学生運動のネガティブなイメージの影響も強いのではないかと思う。ネガティブなイメージで最も強いものは凄惨な内ゲバ、殺し合いの影響だろう。「あそこの大学は○○派の拠点」といった業界情報は、学生運動に関わっていない大多数の人からはどうでもいいことで、むしろそういう業界のルール、それが全面に出れば出るほど、全体のシェア・学生獲得率を下げてしまっているようにしか思えない。
 これについては「過去に内ゲバを行った組織は全て解散、もしくは総括すればいい」という解決方法を挙げる人もいるが、それは現実的な解決方法ではない。また、内ゲバを行った組織の解散や総括に僕は関わる機会はないので、他力本願で主体的でもない。そんないつ来るのかわからない解決の日を待てるほどに、人生は短くない。
 僕たちが、僕たちの場所から考えられる具体的な解決方法は、この今あるイメージの上にいかにして新しいイメージを作っていくかということの模索である。スパルタ野球部と帰宅部の他に、楽しくワイワイと野球をたしなむ同好会や、あるいはサッカー部、果ては文化部など選択の幅を広げていく必要がある。何となくテニスサークルに入っているギャルがラケットではなく、トラメガを持つにはどうすればいいのか、その方向性を悶々としながら模索しなければならない。

 そして、学生運動のアップデートを進める上で最も効果的に動けるのは、皮肉なことに内ゲバを行っていない僕たちのような無党派の学生である。だから僕はアップデートという目的のパイオニアとして、僕たちが「全共闘」という見方によっては十字架となるような言葉を、自覚的に用いることは間違っていないと思っている。
 また活動の上での自由度の高さも僕たちにはある。誤解を恐れずに言うと、僕は仮に明日ゆとり全共闘という枠組みがなくなってしまっても困らない。何をしても、何もしなくてもいいという自由がある。法大の先輩である松本哉さんのようなアクロバティックな方法から、活動業界古来より伝わる伝統的な演説・集会・ビラ配りまで何でも僕たちは行うことができる。ゆとり全共闘として言えば、何度か行ったユーストリーム放送は一定の効果をあげたのではないかと思う。
 学生運動という土壌にどれだけの種を撒き、肥料を与え、花が咲く可能性を増大させられるか、その大部分は僕たち無党派学生に何故だかかかってしまっている。それはゆとり全共闘だけでなく、全国の無党派層の総力による。学生運動している少数の学生と、していない大多数の学生という現状、この間にどれだけのグラデーションを作れるか、0と100の間を作り出すことができるかである。

 ゆとり全共闘については、インテリ班の森田・杉本君が余すところなく語ってくれているので、僕からは簡単に述べると①大学間の横の関係のネットワークの構築②1~99の間の行動の創出、この二点にゆとり全共闘の存在意義があると思っている。

3 僕について
 僕はこの戦いに勝てると思っている
 ここまで長々と偉そうなことを書いてきたが、正直なところこの文章に対して申し訳なさがある。僕は大学生活において何かを成し遂げたわけでもないし、むしろ多くの人に迷惑をかけながら、ここまで来た。

 処分・逮捕の法政大学の闘争にひよっている間に齋藤君・増井君という友人やお世話になった先輩たちは、処分され大学に入ることもできなくなり、逮捕までされた。
 その後、数年かけて行った学内規制への抗議が「学生の意見でルールは変えない」という強固とした法政大学の姿勢に負け、僕たちが享受していた自由な法政大学がまた損なわれ、後輩に窮屈な思いをさせている。
 その上で辿りついたたゆとり全共闘としての活動も、これでいいのだろうかと不安になることがある。

 学生運動に大学生活をささげること、それは青春をドブに捨てるようなものと言っても言い過ぎではないと思う。学生運動の中で普通の大学生活では経験できないような、苦しみや、悲しみもたくさん味わった。何でこんなことしているんだろうと、泣きたい気持ちになることは今でもある。

 しかし、ときに、美しい瞬間が訪れることがある。
 苦難を共にし、利害なき人間関係を作ることができた仲間たち、運動の敗北の歴史・自分の夢を僕たちに託し歴史をつないでくれる先輩たち、過去に共に戦い今は離れてしまった友人たち、その全ての人たちのことを僕は大好きだ。

 お金で雇われ、「何となく」「仕方がなく」学生を弾圧する大学の教職員と比べたときに、僕たちの方が圧倒的に人間的だ。なぜこのようなことが行われているのか、どうすれば解決できるのかを、自分の頭で考え、長い歴史の中に身を置き、主体的に自分の行動を選択していくことができる。僕たちは自分の行動の一つ一つの中で痛いほどの喜怒哀楽を発見することができ、そしてそれを噛み締めることができる。これは苦しいことであるが、素晴らしいことでもある。

 僕は法政大学から戦いを始め、今までの経験から僕の母校に限らず、どの大学も程度の差こそあれ、同じ方向に進んでいるということを身をもって知った。大学は人間性を剥奪し、監視/管理化を推し進め、人を機械や奴隷のように訓練する場へと成り下がってしまっている。そして、これは大学だけでなく社会的な傾向だとも言えると思う。機械と変わらない動きをする店員、行動を常に見張る警備員、警察、監視カメラ…。街に出ると大学と同じ(大学以上の)監視/管理化の多くを見つけることができる。

 なぜ、このようなことになっているのかと言うと、それは積み重なった敗北の歴史からである。そして、敗北はこれからも延々と続いていくようにも感じられる。

 しかし、僕はこの戦いに勝てると思っている。絶対に勝てると確信している。

 僕は時折、ゆとり全共闘という団体が最強なんじゃないかと思う瞬間がある。
 ゆとり全共闘と言われる円の周辺には、右翼学生、宗教家、インテリ左翼、クリエイター、ニート、アナキスト、フェミニスト、ノンポリ、あらゆる人や思想の持ち主が交錯している。どんどんと誰がゆとり全共闘なのか、普段何をしているのか良くわからないことになってきている。これは過去に僕が法政大学の中で見た、豊かさに似ていると僕は思う。
 この豊かな人間関係の土壌から、今後多くの芽が生まれていくだろうし、あるいはゆとり全共闘と呼ばれる円の外でも同様の動きが生まれていくことも期待できる。実際にそのような萌芽はすでに見ることができる。別にゆとり全共闘一つに限定することはない。もっともっと同じような動きが広まっていけばいいと思う。

 僕たちは10人ではまだおとなしいかもしれない、100人でもまだ静かにしているだろう。しかし、これが1000人、2000人と拡大していったときに、どうなるかわからない。きっと今よりも楽しいことがもっと起こり始める。僕はこれからの未来に大きな希望を抱いている。
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コメント

おい法政大生の恥さらしが
お前らのその身勝手なイデオロギーの発散のせいでどれだけの法政大生が迷惑被ってるか考えたことはないのか
時代遅れの学生運動やってる人間はこういう思慮が足りないから困る
こんな人間ばかりだからお前らは誰からの賛同も得られないし、規模も小さくなる一方なんだよ

返信

コメントありがとうございます。

法大生への迷惑については考えたことはあると思いますが、具体的に何割程度の学生に、どのような迷惑を与えているのかはわからないため、もしもご存知ならば教えて頂けると嬉しいです。

また規模については僕はわかりませんが、賛同についてはこのように雑誌に掲載させて頂いたりなど、「誰からも」得られていないという認識は僕はないのですが、一体どのような根拠がおありでしょうか?

法大の学生のようなので、論理的な回答をお待ちしております。

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プロフィール

全国学費奨学金問題対策委員会

Author:全国学費奨学金問題対策委員会
7月14日(日)にデモを行うに当たり、ゆとり全共闘のブログを一時的にジャック!!
高い学費、借金でしかない奨学金に抗議をし、するために7月14日(日)にデモを行います。
学費無償化、給付制奨学金の実現に一声あげましょう。

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