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「取り戻す」ための戦い

デモという行動に対するよくある批判として、「デモなんかやっても意味はない」というものがある。

この問いに僕なりの答えを書いておきたい。

他のデモはわからないが、「大学取り戻せデモ」それ自体によって大学・社会が変わることはありえない。絶対に、100パーセントありえないと言い切ってもいいと思う。


残念ながら大学も社会もそこまで脆弱なものではない。

100万円という高額な学費を払わなければ学ぶことができないことも、3年の秋から就職活動という椅子取りゲームに半強制的に参加させられることも、学内の問題に関して少し抗議しただけで教職員に囲まれ、ときには警察を呼ばれることも、よく考えれば何かがおかしいことに気づく。
しかし、これらの全てはおかしいなりに感心するほどによくできている。さらには、多くの大学を管理しようとする者たちは、日々この「上手くいっているように見える秩序」を守り、強化し続けている。そして、学生・若者を意識的にせよ無意識にせよ、大学とその後に続く社会に対して屈服させることに専念している。


「大学取り戻せデモ」そのものでは、大学を取り戻すことはできない。
恐らく、このことは多くのメンバーも認識していることであると思う。では、何故少なくない時間をかけ準備しデモを行おうとしているのか、個人的な見解を述べるならば、希望と可能性にかけているからである。


デモにより社会は変わらないが、個人は変わるかもしれない。
デモで同じ問題意識を持った仲間に出会えるかもしれない。強い反対意見を持った学生・若者と議論が生まれるかもしれない。つながりが生まれ、新たな活動が始まるかもしれない。そしていつかはそこから社会や大学も変わるかもしれない。


「大学取り戻せデモ」というのは、多くの大人が守り、日々強化している「上手くいっているように見える秩序」(それは大学だけに留まらない)に立ち向かっていくために、希望と可能性をつないでいく戦いであるといえるのかもしれない。

それは、長い期間を経てやっと成就するのかもしれないし、意外にすぐにうまくいくかもしれない。あるいは社会が衰弱し、機能しなくなるまで「上手くいっているように見える秩序」に屈しつづけるのかもしれない。しかし、現段階でわかることは、行動を起こさなければ「変わるかもしれない」という可能性さえ生まれることはないということである。

僕たちがつなごうとしている希望と可能性は生まれたばかりであり、脆弱で、稚拙なところも多々あるかもしれない。現行の秩序と比べたときに、それは驚くほどに小さなものだろう。

しかし、ここから始めていく以外には方法はない。

絶対的な傍観者という立場はなく、僕たちはどちらかを選ばなければならない。
現状の何かがおかしいままに動き続けているシステムを肯定し、強化する側にまわるのか。あるいは別の可能性を模索するのか。


希望と可能性を信じる人は3・20「大学取り戻せデモ」に来て欲しい。
一人でも多くの人の何かが変わり、つながり、希望と可能性が広がっていくことを願っている。

文責 法政大学 菅谷圭祐
ツイッターアカウント @sugaya_keisuke
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全国学費奨学金問題対策委員会

Author:全国学費奨学金問題対策委員会
7月14日(日)にデモを行うに当たり、ゆとり全共闘のブログを一時的にジャック!!
高い学費、借金でしかない奨学金に抗議をし、するために7月14日(日)にデモを行います。
学費無償化、給付制奨学金の実現に一声あげましょう。

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